ベストプラクティスは、成功例をそのまま再現するための正解集ではありません。
過去の知見を出発点に、自組織の目的と状況に合わせて活用するものです。

ITILやPRINCE2をはじめとするベストプラクティスは、多くの組織が蓄積してきた経験や知見を体系化し、よりよい成果を生み出すための共通基盤として発展してきました。本ページでは、社会や経営環境の変化に伴い、ベストプラクティスの捉え方と活用方法がどのように広がってきたのかを解説します。

ベストプラクティスとは

ベストプラクティスとは、特定の分野で良好な成果を生み出してきた実践、方法、原則などを整理し、他の組織や実務でも参照できるようにした知識です。すべてをゼロから考えるのではなく、過去の成功や失敗から得られた知見を出発点にできることが、大きな利点です。

  • 組織や職種を越えた共通言語を持てる
  • 業務の属人化や品質のばらつきを抑えられる
  • 検討すべき観点や見落としを減らせる
  • 他組織の経験や失敗から学べる
  • 改善活動を始めるための基準を持てる
  • 意思決定や振り返りの視点を共有できる

ただし、「ベスト」という言葉は、あらゆる組織にとって常に最善であることを意味しません。ある組織で成果を上げた方法も、目的や環境が異なれば適切に機能しない可能性があります。ベストプラクティスは完成された答えではなく、よりよい答えを考えるための出発点と捉える必要があります。

ベストプラクティスの位置づけの変化。再現すべき模範から、目的と原則に基づく判断と学習の基盤へ
図:ベストプラクティスの位置づけの変化(株式会社IT&ストラテジーコンサルティング作成)

「従うもの」から「活用するもの」へ

ベストプラクティスの位置づけは、成功した方法を標準化して横展開する「再現すべき模範」という捉え方だけでなく、過去の知見を出発点に、目的と原則を理解し、組織や業務の状況に合わせて活用するという捉え方へ広がっています。

再現すべき模範

成果を上げた業務方法を標準的な手順やプロセスとして展開し、品質の安定、効率化、役割の明確化、教育の容易化を図る考え方です。定型的な業務を一定品質で繰り返す環境では、現在も有効です。

変化し、複雑化した環境

デジタル化、クラウド、アジャイル、リモートワーク、生成AIなどにより、顧客ニーズや技術が短期間で変化しています。組織の規模、文化、人材、法規制、リスク許容度も同一ではありません。

判断と学習の基盤

手順をそのまま当てはめるのではなく、目的と原則を理解し、必要な知見を選択して適用します。実際の結果を確認し、そこから学び、適用方法を継続的に更新します。

  1. 実現したい目的を明確にする
  2. 現在の状況と制約を把握する
  3. 必要な知見を選択する
  4. 自組織に合わせて適用する
  5. 実際の結果を確認する
  6. 結果から学び、更新する

本ページでいう「変遷」について
ベストプラクティスが制度として一方向に変化したことを示すものではありません。社会環境やマネジメント手法の変化に伴い、組織における捉え方と活用方法が広がってきたことを説明するための整理です。

なぜ、そのまま適用できないのか

ベストプラクティスを組織の状況に合わせて活用するという考え方は、経営学や組織論の研究とも整合します。

学術研究から見るベストプラクティス

唯一最善の方法はない

LawrenceとLorschに代表されるコンティンジェンシー理論では、あらゆる組織に共通する唯一最善の組織形態があるのではなく、有効な仕組みは環境によって異なると考えます。目的、戦略、規模、技術、環境などとの適合が重要です。

優れた実践も簡単には移転できない

Szulanskiは、同じ企業内でもベストプラクティスの移転が容易ではないことを「内部粘着性」として説明しました。手順だけでなく、その背景にある目的、前提条件、因果関係、判断基準を理解する必要があります。

結果を証拠として確認する

Rousseauが提唱したEvidence-Based Managementでは、経験や慣習だけに依存せず、利用可能な研究知見や組織内のデータなどを意思決定に活用します。採用した方法が実際に有効だったかを確認し、必要に応じて見直します。

環境に合わせて能力を組み替える

Teeceのダイナミック・ケイパビリティ論は、変化を捉え、機会を活かし、組織の資源や能力を再構成する重要性を示しています。過去の成功を固定化せず、学習を通じて実践を更新することが求められます。

標準化と、状況に応じた適応

ベストプラクティスを状況に合わせて活用することは、手順やプロセスの標準化を否定するものではありません。必要なのは、すべてを標準化することでも、すべてを現場の判断に委ねることでもなく、両者を適切に使い分けることです。

比較項目 標準化が有効な領域 状況に応じた適応が必要な領域
主な対象 安全、品質、情報セキュリティ、法令遵守 新規事業、組織変革、AI活用、顧客価値創出
業務の性質 定型的で、繰り返し実施する業務 複雑で、状況によって答えが変わる業務
重視するもの 再現性、安定性、一貫性 目的、原則、判断、学習
ベストプラクティスの役割 守るべき基準や手順を共有する 判断の観点と改善の出発点を提供する

AI時代におけるベストプラクティスの役割

生成AIや自律型AIの普及により、情報収集、文書作成、分析、顧客対応、意思決定支援など、さまざまな業務をAIが担うようになっています。しかし、AIを導入するだけでは組織成果にはつながりません。

AIに適切な結果を求めるためには、業務の目的、必要なデータ、判断基準、役割と責任、リスク、確認方法などを整理する必要があります。業務が整理されておらず、入力情報や判断基準が曖昧であれば、AIから得られる結果も安定しません。

AI時代のベストプラクティスは、人間やAIを細かな手順で拘束するためのものではありません。組織が目的を共有し、適切な問いを立て、判断の質を高め、結果から学ぶための共通基盤として活用するものです。

資格取得から実務活用へ

ITILやPRINCE2などの認定資格は、ベストプラクティスの共通言語、原則、モデル、基本的な考え方を体系的に学ぶ機会を提供します。一方で、資格を取得しただけで、自組織の課題を解決できるようになるわけではありません。

資格取得研修は、実践知そのものを完成させるものではなく、実務経験、周囲との対話、試行錯誤、振り返りを通じて実践知を形成するための基礎力を養うものと捉えることができます。

研修で学んだ知識を組織成果につなげるには、次のような仕組みが必要です。

  • 自組織の課題と学習内容を結び付ける
  • ケースや演習を通じて判断する経験を積む
  • 実務で小さく試し、結果を確認する
  • 上司や同僚と結果を振り返る
  • 有効だった方法を組織の知識として共有する

ベストプラクティスを、組織成果へ

当社は、ITILやPRINCE2などのベストプラクティスを、そのまま組織へ当てはめることを目的としていません。経営戦略、事業環境、組織能力、業務上の課題を整理したうえで、必要な考え方や実践を選択し、実行可能な形へ具体化します。

研修や資格取得を出発点として、実務での活用、組織への定着、成果の確認、継続的改善までを一貫して支援します。

お問い合わせ・ご相談はこちら →

参考文献

  1. Lawrence, P. R., & Lorsch, J. W.(1967)Organization and Environment: Managing Differentiation and Integration. Harvard University. Harvard Business School
  2. Szulanski, G.(1996)“Exploring Internal Stickiness: Impediments to the Transfer of Best Practice Within the Firm.” Strategic Management Journal, 17, 27–43. DOI
  3. Rousseau, D. M.(2006)“Is There Such a Thing as ‘Evidence-Based Management’?” Academy of Management Review, 31(2), 256–269. DOI
  4. Teece, D. J.(2007)“Explicating Dynamic Capabilities: The Nature and Microfoundations of(Sustainable)Enterprise Performance.” Strategic Management Journal, 28(13), 1319–1350. DOI

※本ページの図およびベストプラクティスの変遷に関する整理は、上記の研究などを参考に、株式会社IT&ストラテジーコンサルティングが独自に作成したものです。